日記・コラム・つぶやき

2009年12月13日 (日)

中国のシンさん

今日は午前中は大掃除。午後はとある温泉スパで温泉にゆっくりつかり、マッサージを受けました。担当は中国人のシンさん。でも彼女の半生記を聞く流れになり、マッサージを受けながら思わず泣いてしまいました。北朝鮮と韓国の中国へ亡命した父と母の間に生まれた者の、早くに両親を亡くし、旦那さんは蒸発したため、娘のためにあらゆる仕事をしたそうです。娘は親戚に預け、韓国やアメリカで働いて仕送りをしつづけ、マッサージができると日本に来れるとわかり40過ぎてからマッサージの勉強したと。今は娘さんは大学生。日本で初めて一緒に暮らすことができたそうです。でも離れて暮らしていたため最初は意思疎通が難しく喧嘩ばかりしたとか、、。どれだけ自分が苦労して仕送金し続けたのかもわかってくれなくて悲しかったと。でも今はとても仲良く暮らしているそうです。マッサージの腕前はとてもよく。優しい話し方なので身体も心も癒されました。そして、自分の悩みや苦しみなんて、シンさんに比べたら何でもないとも思えました。この頃少し悲しい出来事が続いていますが、「明けない夜明けはない」と自分に言い聞かせて、頑張らないと。シンさん勇気をいただきました。ありがとう。

2009年12月11日 (金)

夢の見方

映画「フランシスコの二人の息子」を観ました。ブラジルの映画です。”ゼゼ・ジカルマゴ&ルッシーアーノ”という音楽ユニットの実話をもとに映画にしたものです。涙を流しながら最後まで見届けて思ったこと。本当は映画の中の母のように旦那と子供のことだけを生きがいに生き抜く母になりたかったこと。子供に期待をかけて一生をかける父親になりたかったこと、旦那の成功を夢みながら支える妻になりたかったこと、本人の夢を追いかけて疑いもなく突き進んでいたころ、、、などなど走馬灯のように思い出が駆け巡る映画でした。今の私はだれにも当てはまらず、期待してかなえられない夢は見ないようにして自分を守りつつ、本当にこのままでいいのか、と立ち止まる日々。もう一度恐れないで夢を見てもいいのではないかしら、、と勇気を持つ映画でした。「僕が家を出るときに、母さんは言った『どこに行っても母さんはお前と一緒だと』母さんは知らないのさ。僕が本当に家を出る理由を。でも本当は知っている。息子はいつか鳥のようぬ羽ばたいて去っていくことを」泣ける歌詞です、、。私の母も父も私のことをいつかは羽ばたいていく娘だと言っていたけれど、私は今でも羽ばたいて巣立っているのでしょうか?巣からも出られ巣羽ばたきもせず、巣にも居られないような漂う気分になる今日この頃。もう一度夢を、、羽ばたく夢を、、。恐れずにみないといけないと思いました。

2009年2月 1日 (日)

査定より怖いもの

私は都内の数箇所ののフィットネスでヨーガ、ジャイロキネシス、たまにインド舞踊も教えています。どのフィットネスでも査定というものがあります。何分かの持ち時間の中、普段のレッスンを他のインストラクターをお客さんに見立ててデモストレーションをするのです。

それを数人の試験官が見ていて点数をつけて、それにより今年の給料が決まるのです。緊張しつつ、他のインストラクターの指導を受けながら、感心したり新しい発見があったり面白いのですが、、、自分の前になると緊張のあまり、用意していた台詞を忘れてしまったり、想定していたよりも時間が早くすぎてしまったりとか、いろいろなことをやってしまうことも誰にでもあるようです。ただ、私にはとても悪い癖があり、緊張したり、人前に立つと、とにかく笑いをとろうとしてしまうのです。それも査定でやらなくてもいいのに、、試験官も苦笑いするほどふざけてしまうのですよね、、、。怖いのは査定よりも自分、、。

 そして、今回はもっと最悪で、査定が終わってから、以前から知り合いの試験官の一人の方と話しているうちに、このごろジャイロの仲間で問題になっているKさんの話題になりました。Kさんは資格がないのに教えているのです。それも4年も、、!私たちはものすごい時間もお金もエネルギーもかけてジャイロの訓練を受けてトレーナーになっているというのに、途中でドロップアウトしたKさんが今でも教えていて、査定もジャイロで受けたと聞いて興奮のあまり、「そんなことがあっていいのですか!」と試験官に詰め寄り、困った試験官は責任者を予備、ますます私の興奮は高まり責任者まで詰め寄ってしまいま。近日中にKさんにたいしての対処は考えると言ってくれましたが、どうかな?4年もほっといているわけですから、、帰ってから主人に話したら「お前のその正義感が自分自身の首を絞めることになることがまだわからないのか!」とお説教されるし、、とほほ、、。確かに、今までも熱血漢や正義感を振り回し、人間関係が難しくなったことは数多いのですよね。自分自身ヨーガで心穏やかになりたいものです。とほほ。

査定よりも怖いのは自分の情熱だわ。

2009年1月18日 (日)

崖っぷちのぽにょ

今日は新宿末廣亭で落語を満喫してから久しぶりに桂花ラーメンを食べて帰ってきました。誰かに弟子入りして落語家を目指そうかしら?とたまに思いだしたように心が揺れます。今日はたくさんの落語家や漫才を見ましたが、印象に残ったのはすず風・にゃんこ金魚の女性二人の漫才。とても他人とは思えない金魚さんの芸風。相方のにゃんこさんに「崖っぷちのぽにょ」にたいな顔してと言われていました。 崖っぷちのぽにょ2世として弟子入りさせてくれるかな?

久しぶりの桂花ラーメン美味しかったです。大学生のときに可愛がってくれたひろみちゃんというお姉さんが連れて行ってくれたときには驚きました。美味しいのかどうか下が迷いましたが、今は美味しさがわかる年齢になったのかしら。崖っぷちの、、

2009年1月11日 (日)

インド版羞恥心??

Image046_3 土曜日は帝国ホテルでインド舞踊の生徒さんの結婚式でした。本当に美しい花嫁さんと韓流スターのようにハンサムな花婿さんとに参列者はうっとり。そのなかで私と生徒さん二人はパンジャビドレスを着てインド舞踊を披露したのですが、もしかして、男性3人組のユニット、羞恥心?のインド版ユニットのような感じだったかも、、。かといってモヒニアッタムの衣装で参列するわけにはいかなくて、結婚式で踊りを頼まれるたびにいつも悩みます。なぜならインド舞踊の衣装は神様と結婚する意味のある衣装だから花嫁さんがいっぱいになってしまうのです。また、着替えに時間がかかるし、着替えている間に食事はなくなってしまうし、、。それでインドでおそろいの衣装を作ってきたのですが、、。3人そろって鏡を見たときに「あれ、私たち羞恥心みたいだね」と爆笑。でも花嫁さんが喜んでくれればそれが一番!たっきーおめでとう!すごく美しかったし、いい披露宴だったね。

2009年1月 3日 (土)

七福神めぐり

Image042 今年は主人と隅田川七福神めぐりに出かけました。多聞寺、白髭神社、向島百花園、長命寺、弘福寺、三囲神社と周り、最後に浅草へ行きましたがすごい人で参拝は諦め、ビールでお清めてんぷら定食を食べてから隅田川舟下りで日の出桟橋まで出て帰ってまいりました。

主人お後ろにはレインボーブリッジが映っているのが微かにわかりますでしょうか??

新年あけましておめでとうございます。

今年も皆様にとって素晴らしい年でありますように!

2008年8月31日 (日)

中央線の呪い

この頃中央線の延滞がない日がないような気がします。もちろん天候の影響もありますが、人身事故も数多いのではないでしょうか。あの中央線の赤い色が人の心理状況に影響を与えるとしたら、いっそヒヨコ柄にしたらどうか?と真剣に話す友人がいます。

実は先日中央線の中で思わぬ事故に巻き込まれました。友人数人と東中野で飲んでから夜11時過ぎに中央線で帰宅途中のこと。一人西荻窪で降りたので、見送りをしたときに電車が揺れて、座っていた女性に足がぶつかったってしまったのです。もちろん、すぐに謝りましたが、その後また友人たちとの話に夢中になっていました。三鷹でまた一人友人がおりた時にその悲劇が始まったのです。「あなたの足が私の足にぶつかっていたいのよ。責任とってよ」と黄色い女の人の声、、。驚いて武蔵境まで行く友人と顔を見合わせていると。その友人は「この人なんだか変かも、、」という言葉に促され、武蔵境で降りました。が、その女の人は追いかけてきて「逃げるのか」とすごい形相。もう一人の友人にむかって「私は男が嫌いなんだよ。どこか消えろ!」と怒鳴り、私は警察にまで連れて行かれました。足が痛いようには思えない足取りで、、こわーい

警察で事情を話し、私は反省しているし、本当に怪我をさえたのなら治療代をお支払いしますが、どうもこの人の言動が普通ではないので、直接連絡先を教えるのが怖い、と彼女に席をはずしてもらい訴えましたが、警察は取り合わないのです。そこで、相手の連絡先も教えてもらえるのなら、私の連絡先も伝えます。とお話しました。そしたらその女性は「こんな外国人に連絡先は教えられないのよ!」と怒鳴る始末、、。警察官は「この人日本人だよ」とフォローをしてくれましたが、、。真面目にフォローされなければいけない私って、、。

何かを難癖をつけるその女性を説き伏せ連絡先を教えあい分かれました。が、まだ中央線にのらないといけない私は、まだ彼女がホームにいて一緒に!そのときはその女性はスカートからはみ出たブラウスをそのままに呆然と立ちすくしていて、私を見かけると逃げるように中央線にすごい勢いで駆け込んでいきました。そして、その後彼女から連絡がありませんでした。

彼女の狙いは何なのかしら?足にぶつかった私への復習?それとも慰謝料がほしかったのかしら?ただ誰かに当り散らしたかったのかしら?もしくは、躁うつ病の患者さんなのかしら、、。

中央線の呪いが、、。それからは誰にもぶつからない様に気をつけて電車に乗っています。警察は助けてくれないんだな、、と実感しましたし、自分お見は自分で守るしかないんですよね。でもひとつ学んだのは、こういう場合は逆切れはしないほうがいいんだな、ということ。あまりにも罵倒されたので、切れ掛かりましたが、相手が普通の状態でない場合はたぶん火に油だったんではないかと。外国人だとか、こんな女信頼できないとか、やくざが後ろにいるんだ、とかいろいろいわれたけれど、いま思うと漫画みたい。結構綺麗な若い人だったのだけど、どうしちゃったんでしょうね、、。またすれ違ったときには精神的に落ち着いているといいなあ。

2008年7月 5日 (土)

大人の合コンから見える真実

先日有楽町のとある渋いダイニングで合コンに出席しました!

大学生以来の合コンに少しどきどきしながらMちゃんと向かいました。

旦那のいる私がなぜ合コンに参加するかといいますと、このMちゃんのため。色々人生で辛いことがあったMちゃんに素敵パートナーを探すために人肌脱ごうと計画したわけです。Mちゃんの好みは40代の誠実な男性。

そこで、私の生徒のTさんの会社の独身男性が集めていただきました。その中の方は生徒発表会に見に来ていて、私の司会や踊りを観て、「あの先生は面白い!飲んでみたい!と言ってくれているらしく、話がとんとんと進んだのです。

けれども、当日、普段スーツ姿を見慣れていない私にとってその会社員の方たちの印象は「わー!おじさんたちでMちゃん大丈夫かな?」と少し不安に、、。けれども、話が弾んで、生年月日などを言い合ってびっくり、ほとんどの方が私と同級生。がーん。そしてショックを受ける私に追い討ちをかけるように、「先生のほうが僕たちより年上だと思った!」えー私って幾つに見えるの????その後は開き直り、Mちゃんを置いておいて、同じ世代の共通の話題で盛り上がりました。話してみると面白い方たちでなかなかハンサムなので楽しくなってきました。

けれども、2回目のダメージがまたもや私を打ちのめしました私は大学では社会福祉を専攻していて、卒論のテーマが「貧困地区によるアルコール中毒者への対策」というもので、山谷、寿、などで実習をしていた時期があるのです。冬は炊き出しのお手伝いなどをしていたのですが、なぜかその話になったときに、彼らの反応が何かがおかしい、と感じて突っ込んでみたら、かれらは私がホームレスになり、炊き出しを受けていたと勘違いをしたらしいのです。えーそこまで私って変わっているように見えるわけもうすっかり落ち込みました。まあ、Mちゃんも便乗して参加したKちゃんも満更ではなさそうな感じでしたので、これからの展開を楽しみにしたいとは思いますが、あまりにも私は一般の方から見たら変人なんだなあ、というショックから立ち直るには時間がかかるかも。恐るべき大人の合コン。

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